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第4話 病室の子

Author: 山雨 鉄平
last update Last Updated: 2025-04-18 01:45:40

新宿総合病院。七海が検査を受けた病院である。

七海と、九頭龍の人格のままの凛太郎の二人は、ある入院患者の部屋にやって来た。表札には、「阿賀川 光」とある。『見せた方が早いから』と、七海は九頭龍凛太郎に対し説明をせずに病院に連れてきた。

「…お姉ちゃん!」

読んでいた本から顔を上げて精いっぱい元気そうな声を絞り出したのは、小学校3,4年生くらいの少年だった。入院生活が長いのだろう。痩せているうえに髪の色も淡く、|儚《はかな》げな雰囲気が漂っている。よほど本が好きと見えて、大人が読むような分厚い難しそうな本が何冊も病室のベッドの周囲に積みあがっている。好きなミュージシャンなのだろう、病室に貼ってある女性歌手のポスターと、図書館にしかないような専門書の束とのコントラストが奇妙な感覚を与える。よく見ると、ベッド横に設置された大きな箱型の装置から2メートルほどの管が出ていて、少年の体につながっている。一体、何の装置だろうか。

「|光《ひかる》、また勉強してたのね。今日は会社の友達を連れてきたの。 …紹介するね。この子が弟の光。光、こちら会社の同僚の葛原さんよ。挨拶できる?」

「こんにちは、阿賀川光です」

光はニッコリと人懐こい笑顔で微笑む。

「おう、葛原凛太郎じゃ。よろしくの」

「葛原さんは、七海姉ちゃんの彼氏なの…?」

「ち、チガウワヨ」

「ま、そういうことにしとこうかの」

七海と凛太郎の返答はほぼ同時だった。

「よかった!… お姉ちゃん、働き過ぎでなかなか彼氏ができなかったんだよ。こんなに綺麗なのに」

「こーら、あんまり大人をからかうんじゃないの」

「からかってなんかないよ。僕のことなんか気にしないで、姉ちゃんは自分のために生きて欲しいって、何回も言ってるじゃないか」

「光、その話はもう終わりって約束したでしょ。わたしの幸せはあなたが元気になることなの。お金は心配しなくて大丈夫。心臓のドナーもきっと見つかるわよ」

七海は優しく諭すように言い聞かせるが、かなり感情が|昂《たかぶ》っているのがアリアリとわかる。心の底から、弟の幸せを願っているのだ。

「…なるほどの」

横で見ていた九頭龍凛太郎は一人で呟いた。少年の体と管でつながる大きな装置は、人工心臓の駆動装置らしい。

と、突然、誰かの携帯のバイブ音が鳴りはじめた。

 ヴーッ、ヴーッ…

七海が携帯を取り出し、画面の表示を確認する。

「あ、ちょっとごめんなさい」

七海は通話をしに病室の外に出ていく。ギャラクティカとして受けた仕事のクライアントか、それとも個人でやっている副業の方だろうか。

「ほーらね。どうせ仕事の電話さ。働き過ぎなんだから… 葛原さん、七海姉ちゃんをよろしくお願いします。幸せにしてあげてね」

七海が席を外したので言った言葉だろうが、これはこの少年の本心なのだろう。姉は弟を、弟は姉を、互いに思いやっているのである。

「…のう、小僧。さっきからおぬし、あまり|生《せい》に執着がなさそうじゃのう」

「…うん、僕がいると、姉ちゃん大変そうだから。でも僕が死ぬと、姉ちゃんは廃人になるだろうからなぁ。悩みどころだよ」

まったく笑えないギャグである。

「この世に未練はないのか?心の臓を治して、他の子供らと遊びたいであろう」

「うーん… そうでもないかなぁ」

「ホウ。なぜじゃ?」

「だってさ。あんまりこの先、生きてても楽しくなさそうなんだもん」

「何じゃと…?ワケを申せ、小僧」

「僕は病院の部屋でニュースを見るだけだけど、暗いニュースばっかりだ。こんな国に生まれて大人になっていくのは、きっとすごく大変なんだろうなぁ」

「そうか。この国はそうなってしもうたか。

…儂のせいじゃなぁ」

凛太郎は遠い目をした。悲しそうな目つきだった。

「…??」

「わかった。儂がこの世を、おぬしが生きたく生きたくててしょうがない世界にしてやる」

「本当?」

さっきから、この葛原という、見た目と話し方のギャップが凄いお兄ちゃんは、何を言っているのだろうか。光は|訝《いぶか》ったが、なぜかこの男といると不思議と安心できる感じがしていた。

「おう。このクズry…はら凛太郎に|二言《にごん》はないぞ。じゃから、ぬしは安心して病を治せ。未来を楽しみにしてな」

「へへへ、何だか分からないけど、わかったよ。楽しみにしとくね!」

光は無邪気に笑う。七海が溺愛するのも頷ける。血がつながった兄弟でなくとも、この少年にはどこか不思議な魅力がある。

ガラリ、とドアを開けて、七海が戻って来た。

「ゴメンね、お待たせ。クライアントから緊急の用件で…」

七海が話しかけたのにも気づかないくらい、九頭龍凛太郎と光はポスターの歌手の話で盛り上がっていた。

(いつの間にこんなに仲良しになったのかしら…?)

♦ ♦ ♦

 その後。光の病室を後にした凛太郎と七海の2人は、再びレストラン『カルメン』に移動した。紅茶を飲みながら七海が九頭龍凛太郎に話す。九頭龍は猫舌らしく、熱い紅茶が苦手らしい。

「どうせ飲むならお神酒(おみき)がいいのぅ」

とぼやきながら、紅茶をフーフー吹いて冷ましながら飲んでいる。

「光はね… 多分、ギフテッドってやつなの。病室の専門書、見たでしょ?あんなに才能があって心が奇麗な子、絶対に病気で死なすわけにはいかないでしょ。心臓移植の手術のお金を溜めたくて、仕事が終わった後は、ずっと家で副業やっているから、彼氏つくるどころじゃないの」

七海は、キッと凛太郎の緑の瞳を見つめて言った。

「九頭龍さん、病気治しが得意なんでしょ。お願い…光の心臓も治して!」

九頭龍になった凛太郎は、腕組みをして考える。

「う~ん。残念じゃが、止めといたほうがよいな」

「…どうしてよ!」

「おぬしのようにもともと健康な人間なら、悪い気を儂が喰えば本来の健康体に戻る。

 じゃがあの|童《わっぱ》は、もともと心臓に欠陥がある人生を送ることが天の命運で決まっておる。

 人の運は銀行の貯金と同じよ。無理やり命運を変えてまで重病を治すと、本人の運の残高を大きく食いつぶして、結局病気と同じくらいの不幸が訪れる。手術を受けた方が賢明じゃな」

「そう…なんだ…」

「…光の治療にかかるお金はいくらほどなのじゃ」

「普通の入院生活にかかるお金は、国の補助があるから自己負担額は10万円くらいなんだけど… |久田松《くだまつ》社長が同情してくれて、いろいろ手当つけて給料多めにくれてるから、何とかやってけてるわ。ただ…」

「ただ?」

「日本だと心臓のドナーは5年くらい待たなきゃいけないの。アメリカなら割とすぐ見つかるらしいんだけど、そうなると手術費がいくらになるのか、見当もつかないくらい」

「フーン。要するに、金を工面してアメリカですぐにでも手術が受けられればいいわけじゃな?」

「うん… 生臭い言い方だけど」

七海はうつむく。

「それならお安い御用じゃな」

「本当!?」

「儂を誰じゃと思うておる」

凛太郎はにんまりと歯を、いや牙を見せる。

「当然、ぬしにも協力してもらうぞ」

「うん、もちろん!何をすればいいの?」

「そうじゃなあ… とりあえず、しばらくぬしの部屋に厄介になるかの」

「…え?」

七海の顔は引きつったまま、しばらく元に戻らなかった。

(つづく)

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